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しらふじ

白藤

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,822 字 · 16 页

青空文庫

草光保治は、戦時中に動員されて外地へ渡り、終戦後復員されて、二ヶ年半ぶりに東京へ戻ってきました。

「東京もずいぶん変ったでしょう。」

戦争の話やその他の話の末、周囲の者がきまって彼に向ける言葉は、それでした。東京もというのは、日本も、時勢も、人々も、その他いろいろなものを含めてのことでした。それに対して彼は、曖昧な微笑と曖昧な言葉とを返しました。

「そうですね……。」

彼はなんだかぼんやりしていました。頭脳の調子が鈍っているようでした。その代り……ただ、まじまじと眼を見開いていました。すべてがふしぎに新らしい、そういう気持ちでした。

そして彼は、母の髪の中に、多数の白髪を見ました。父の手の甲に、隆起した静脈の網目を見ました。妹の顔に、雀斑が濃くなったり淡くなったりするのを見ました。姉の幼児に、長い睫毛を見ました。庭の木斛の葉に、雀の白い糞を見ました。御影石の門柱に、新らしい欠け跡を見ました。そのほか、無数のものを見ました。それからまた焼け跡の耕地に、麦の葉がそよいでるのを見ました。電車の腰掛に、はみ出てる藁屑を見ました。廃墟のビルヂングに、三十度も傾いてるコンクリートの壁を見ました。