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ひゃくあしちがい

百足ちがい

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1950(昭和25)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,491 字 · 56 页

青空文庫

一

一

江戸の上邸へ着任した秋成又四郎は、その当座かなり迷惑なおもいをさせられた。

用もないのにいろいろな人が話しかける。役部屋にいると覗きに来る者がある。御殿の出仕にも退出にも、歩いていると通りすがりの者が、すれちがいざま同伴者に、

「あれだあれだ、あれだよ、百足ちがい」

などと囁く。するとその同伴者が、

「あれかい、へえ、そうかい、あんな男が」

などというのが聞えるのである。

また彼は勘調所出仕であるが、それとはまったく関係のない役所の、奉行とか、元締とか、頭取などという人たちによく呼ばれた。べっして用事があるわけではない、見るような見ないような、さりげない妙な眼つきでこちらを眺めまわし、

「国許のほうはどういうぐあいのものか、そこは種々となにもあるだろうが、自分もいちどはいってみたいと思うが、どんなものか」

まるで愚にもつかないような質問をして、それからなにやら一家言めいたことを述べて、ではまた、などというのが終りであった。

勘調所は老職総務部に属し、政治の監査と、藩主の諮問機関を兼ねている。又四郎はその記録係の責任者であるが、五人いる下僚たちからも、当分のあいだ悩まされた。