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めをひらく
眼を開く
夢野 久作
「逓信協会雑誌」1935(昭和10)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,759 字 · 20 页
私は毎日、仕事に疲れて来ると、思い出したように外に出て、温突の下に薪をドシドシ投込み、寝室の中を息苦しい程熱くして、夜の寒気に備えるようにしていたものであるが、その間も頭の中では創作のことばかり考えていたので、コンナに雪が深くなっていようとは夢にも気が付かずにいた。まったくこの谿谷は、冬中雪に封鎖されているものらしかった。
しかし、それでも愚かな私は、その零下何度の雪の中をキチンキチンと毎日、職務を守って来るあの郵便配達手君の努力に対しては、全然、爪の垢ほども考え及ばなかった。これは万事便利ずくめに育っている都会人の特徴であったろう。思えば都会人というものは生れながらにして民百姓の労苦を知らない残忍な性格を持っていると云っていい。
のみならず私はこの郵便配達手君を一種の白痴ではないかとすら考えていた。生れながらに両親を喪い、この我利我利道徳一点張りの世の中に曝されて、眼も口も開かぬくらいセチ辛い目にイジメ附けられたお蔭で、人間一切の美徳や仁義孝義を、人間本来の我利我利心理を包むオブラートかカプセルぐらいにしか考えていなかった私は、こうした郵便配達手君の郵便物に対する生一本の単純な誠意、もしくは生命がけの冒険で雪を押分けて運んで来る正義観念を理解し得よう筈がなかった。