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やのしのとい
矢押の樋
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,468 字 · 29 页
外記は唇をひき歪め、眤と梶之助の面を見戍っていたが、やがて白い眉をくっとあげながら云った。
「ならん。……」
「然しその他に手段がございますか」
「それとこれとは別だ」
食いつくような梶之助の眼から、外記は静かに顔を外らしながら云った。
「繰返して申すが、濠の水は素より石垣の石一つ動かすにも重い掟がある、国老としてその掟を破ることは出来ぬ、その意見は無用だ」
梶之助はぶるぶると拳を震わせた。
必ず通す、通さずには置かぬ、確信を以てそう考えていた事が徒労に終った。此処まで来れば彼の執るべき法は一つしかない、決心は疾に出来ているのだ。……梶之助は席を立って退出した。
下城して内濠の土堤へかかった時である。
「矢押どの、……矢押どの」
そう呼びながら足早に追って来た者があるので、振返ると外村重太夫だった。急いで来たとみえて、肌着を徹した汗が帷子まで滲出ている、……そして側へ近寄るといきなり、「唯今は立派でござった」と感動した声で云った。
「先日は詰らぬ小言を云って、お詫びを申さなければならぬ。なにも知らなかったのだ、さぞ笑止に思われたであろう」
「そう仰せられるのは……」