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やのしのとい
矢押の樋
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1941(昭和16)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,468 字 · 29 页
……外記の後には横目附と、その下役が五人いた。
「其方、……なにを、なにをしおる」
外記は喘ぎながら叫んだ。
「協議の席でならぬと申したに、こんな馬鹿な事をしおって、其方、向田藩三万石を取潰すつもりか」
「それはおめがね違いです御家老」
梶之助は微笑を含みながら云った。
「将軍家の御威勢を以って築いた江戸城も、つい先年土地の緩みで、多くの石垣が崩れたではございませんか、このお城の石垣も、ながい旱りで崩れだしたのです、拙者どもはいま、崩れた石垣を積直しているところです」
「止めい、問答無用じゃ、止めぬと容赦なく取押えるぞ」
「……みんな急げ」
梶之助は家士たちの方へ叫びながら、大きく一歩ひらいて云った。
「御家老、……繰返して申しますが、拙者どもは崩れた石垣を積直しているのです。僅な人手ゆえ或は防ぎ切れず、内濠の水を切落すかも知れません、その罪は、……矢押梶之助の腹ひとつで申訳を致します、後で石垣を修築するときには、元から『樋』が掛っていたという事実を忘れないで下さい」
「待て、待て梶之助」
「江戸城の石垣も崩れる、向田の城の石垣も崩れる、自然の力は防ぎきれません、これで公儀への申開きは立つと思います」