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ちちぶきこう
知々夫紀行
幸田 露伴
「太陽」博文館、1899(明治32)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,784 字 · 31 页
名のなくてすみぬるも心にくし、ただやすらかに巌陰の清水と名づけばやなど戯れて過ぎ、やがて本野上に着く。
おのずからなる石の文理の尉姥鶴亀なんどのように見ゆるよしにて名高き高砂石といえるは、荒川のここの村に添いて流るるあたりの岸にありと聞きたれば、昼餉食べにとて立寄りたる家の老媼をとらえて問い質すに、この村今は赤痢にかかるもの多ければ、年若く壮んなるものどもはそのために奔り廻りて暇なく、かつはまた高砂石見せまいらする導せんとて川中に下り立ち水に浸りなどせんは病を惹くおそれもあれば、何人か敢て案内しまいらせん、ましてその路に当りて仮の病院の建てられつれば、誰人も傍を過ぎらんをだに忌わしと思うべし、道しるべせん男得たまうべきたよりはなしとおぼせという。要なき時疫の恨めしけれど是非なく、なおかにかくとその石のさまなど問うに、強て見るべきほどのものとも思われねば已む。今日は市立つ日とて、秤を腰に算盤を懐にしたる人々のそこここに行きかい、糸繭の売買に声かしましく罵り叫く。文化文政の頃に成りたる風土記稿にしるせる如く、今も昔の定めを更えで二七の日をば用いるなるべし。