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いしころ
石ころ
山本 周五郎
「富士」大日本雄辯會講談社、1944(昭和19)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,450 字 · 23 页
二
娘たちは松尾の上気した頬や、涙を湛えた双眸をみてびっくりした。そして自分たちのはしたなさに気づくよりも、にわかに新しい興味を唆られたようすで、互いに眼を見交わしながら囁きあった。
「悪口ではございませんわねえ」「だってわたくしたちは世間で云っていることを申しただけですわ、誰でも申しておりますものねえ」「でも……」松尾はそう云いかけたが娘たちの好奇の眼がいっせいに自分のほうへ集るのを見ると、もうなにを云う気持もなく口を噤んでしまった。そして城をさがるまで、思わず云わでものことを口にした自分の軽率を後悔しつづけていた。
二
けれども松尾がそのとき云わでものことを云ったのは偶然ではなかった。多田という若侍の評判はこれまで数えきれぬほどたびたび聞いている。……かれは多田淡路守の二男で名を新蔵といい、二十五歳になる今日まで前後七たびも合戦に出ているが、一番乗り一番槍の功名はさて措いて、まだ兜首ひとつの手柄もたてていない。行動が鈍重で目はしが利かず、自分の名乗りもはきとはできない。そういうたぐいの、どちらかというと嘲笑に満ちた評判ばかりだった。松尾はその人もよく知らず、評判のどこまでが真実かもわからなかったが、自分の身にひきくらべていつも秘かに同情の思いを唆られていた。