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いしころ
石ころ
山本 周五郎
「富士」大日本雄辯會講談社、1944(昭和19)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,450 字 · 23 页
と云った。松尾は眼を伏せなかった。「はい本当にまいりたいと存じます」「かれの評判は承知のうえだな、あらぬ噂をたてられて意地で申すのではないだろうな」「さようなことは決してございません」「では訊ねるが、どうして特に多田を望むのか」「それは、……」云いかけて松尾はちょっと言葉を切った。そして本当の心の底にあるものを誤りなく云おうとするように、ひと言ずつはっきりと、けれど幾らか舌重げに答えた。「さかしらだてのようではございますけれど、わたくしには多田さまが世間の評判とは違った方のように思われてなりません、七たびも出陣なすって兜首ひとつの手柄もおたてなさらぬ、それはあの方お一人ではないと存じます、ほかにもそういう方はいらっしゃると存じますのに、多田さまに限ってそれが評判になるのは、どこかしらお人がらに尋常ならぬものがあるからではないか、本当は世間の眼がそこへ届かぬためではないか……わたくしにはどうしてもそう思われてならないのです」
「それだけの根拠でおのれの一生を託そうというのは少し不たしかに思われるが」
「そうでございましょうか」松尾は微笑さえみせながら云った、「わたくしはゆくさきのお人よりも、却って自分にその値うちがあるかどうかを案じているのですけれど」