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しゃかいじひょう

社会時評

戸坂 潤

「文藝春秋」1933(昭和8年)年6月~1937(昭和12)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,408 字 · 380 页

青空文庫

初めは嫌な顔をして見せた駅夫達も、彼の「顔」が相当売れ始めたのを知ると、時々お世辞などを云って接近しようと企てる者さえ出て来る。特に彼が駅長の注目を惹くようになってからは、彼は云わば駅に於ける公民権を得たようなもので、前よりも一層有利な条件で以て自由に自己宣伝も出来るようになった。力めて栄養も取るように心掛け始めたので、見目形も少しは好くなって、それだけ益々有利に事情は展開するようになって来たのである。

で遂に彼は忠義者のハチ公として、名高いハチ公として、売り出すことになって了った。実は自分でも初めはこう人気が出るとは思わなかったのに、世間は案外なもので、彼は今では押しも押されもしない街の名士になり上って了った。それで彼の処にはこの間から、新聞に書いてやろうの、写真を呉れのと、ジャーナリストが盛んに訪問して来る。俺も偉くなったものだな、と彼は何かくすぐったいような嬉しさを感じるのである。もしも主人が死ななかったら、俺もあんなに落ぶれずに済んだわけだが、併しその代りにこんなに偉くなる機会も掴めなかっただろうから、何が幸になるか判らないものだ、とつくづく考えられる日が幾日も続いた。