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しゃかいじひょう
社会時評
戸坂 潤
「文藝春秋」1933(昭和8年)年6月~1937(昭和12)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,408 字 · 380 页
一体本願寺では法主の子供が法主になることになってるらしいから、法主の息子として産れたというが、それだけですでに非常にすばらしいことでなければならぬ。その息子が法主になっていようがいまいが、彼には自然的な或いは寧ろ偶然的な、絶対価値がある筈だ。生物的な関係がそこに実在してるのだから、之を疑ったり何かすることは出来ない。従って逆に、法主の親は前の法主であったことが当り前で、たとえこの前法主がどんなことをしようとしまいと、法主の正統な親であったという自然的な絶対価値に変りはない筈だ。彼が何をしたかということがここでは問題ではないので、彼が何の生れであるかということが、総てのことを決定するものでなくてはならぬ。
だから前法主、即ち現法主の正統な父親が、仮にどんな困った男であったにしろ、之から僧籍を剥脱するということは無意味であって、仮に之から僧籍を剥脱して見ても、前法主としての生物的な絶対的関係に何の関わりもあり得ないことだ。僧籍は之を与えたり剥ぎ取ったりすることが出来るとしても、この僧籍が権威を生じる源は何かというと、それは他ならぬ例の生物的な血の続き合いなのだから、そしてその血を他にして法主の絶対性はなかったのだから、この血に立脚して初めて意味のある前法主から、その派生物である僧籍を剥脱するということは、