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しゃかいじひょう
社会時評
戸坂 潤
「文藝春秋」1933(昭和8年)年6月~1937(昭和12)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,408 字 · 380 页
仏教徒がインド教徒に対するこの対抗が少くとも宗教的対抗であることは云うまでもないが、併しなぜそれが同時に政治的でないかが私には判らない。
宗教運動でも運動である以上は政治にぞくするだろうが、そうすれば「政治問題」と宗教問題とを全く別だと考えることは随分怪しげな論拠となるだろう。カイゼルのものはカイゼルに返せというなら(以下十六字削除)汎太平洋仏教青年大会は日本に返せと、支那側は主張出来るわけではないか。又日本にして見れば丁度極東オリンピック大会をつぶしてアジア大会を組織したように、支那の仏教は支那に返して、支那抜きのアジア仏教大会と云ったようなものでも造れば、余計な下手な文句はいらないではないか。
精神上の宗教が超政治的なのなら、肉体上のスポーツも同様に超政治的な筈ではなかったか。肉体上の問題では是非とも満州を参加させろ、そうでなければ大会を脱退するぞと強引に出た日本が、精神上の問題になると、是非とも満州を除外しろ、そうしないと大会に出ないぞ、という支那側の強引に心外がるのは少し辻褄が合わないだろう。尤も之で見ると、日本の坊さん達の興味を有っているのは、矢張支那の坊さん達と同様に、仏教でも宗教でもなくて、本当は日本とか支那とか満州とかだ、という結論にならざるを得ないと思うが、この点宗教家の特別な論理で行く