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しゃかいじひょう

社会時評

戸坂 潤

「文藝春秋」1933(昭和8年)年6月~1937(昭和12)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,408 字 · 380 页

青空文庫

ドンなに身辺を見廻しても、思わしい合理的な論拠は見当らない。だから京大法学部に対する反対声明書などは、なまなか出さない方が好いだろう、ということになるのである。

理由を挙げたり声明書を発表したりするのは、理論だが、文部省はどこにも合理的な理論を見つけ出すことが出来ない。――だが政治には、別に理論などはいらない。理論は抜きにしても有力な説得力のあるものがある。×××はそういうことをチャンと知っているのである。理論抜きの有力な説得力は外でもない、何等かの意味の××である。それが最後の何よりもの頼りである。之が文部大臣の本当の「権威」なのだ。……

だこう推論して行くと、どうやら×××の背後にある背景というような神秘的な問題に這入って行きそうだから、そういう妖怪談めいたことは止めにしよう。

滝川教授問題は、単に滝川教授一個の、又単に京大法学部乃至京大の、問題ではないし、又単に鳩山文相一個の、又単に現内閣の、問題でもない。今更そんなことを云うのは、野暮の至りだろう。つまりそれはファッショ化したブルジョアジーが広汎な自由主義に対する挑戦なのだ。自由主義と一口に云っても様々な段階の区別を分析する必要があるが、この頃ではその段階が一つ一つ順々に侵害されて行くのである。