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かぐらざか
神楽坂
矢田 津世子
「人民文庫」1936(昭和11)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,611 字 · 40 页
種はまたこんなことも云う。
「お内儀さんはよく頭が痛いといっておやすみになった時に寝言のようなことを仰言ってでしたが、それがまあ、袋町のことばかりで、つらいつらいと云いなさっては夢の中で涙をぽろぽろこぼしていなさいました」
聞いている爺さんは内儀さんのそのつらさが汲まれて、何んとも云いようなく胸がふさがってくる。苦労をさせて可哀そうなことをした、と思う気もちの裏で、それが何かお初の所為のように思われてくる。
これまでは影のようにひっそりとしていた種の存在が、内儀さんが亡くなってからというもの急に馬淵の家では目立ってきた。客の応対から賄の世話、時には爺さんの算盤の手伝いまでするという風である。内儀さんからみっちりお針を仕こまれているので今では一人前の仕事が出来る。裏の後家さんから内儀さん同様賃仕事を分けてもらっては暇ある毎に精を出している。糸屑一本無駄にはせぬその仕末ぶりが大そう爺さんの気にいっている。内儀さんが生前目をかけていたのも尤もなことだと思う。爺さんには種がだんだん意に叶ってくる。
四十九日があけると爺さんは袋町へ行った。二、三日遠のいていると、もう魚辰の若いもんが言伝てを頼まれてくる。