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こうせんぜんじのことども

禅堂生活

鈴木 大拙

鈴木大拙『禅堂生活』。同一底本的分册已合并为一书。收入:洪川禅師のことども、釈宗演師を語る、僧堂教育論、楞迦窟老大師の一年忌に当りて、鹿山庵居。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,634 字 · 57 页

青空文庫

禅宗では人を人とも思わぬようなことをやるが、それでもこの勿体ないと云う心、与えられたものを無暗に使い尽さぬと云う心がなかったら、多くの禅坊さんは皆箭より速かに地獄へ堕つることであろう。この主義を推して行くと中々種々の事の上に応用せられる、今一々これを説くわけにゆかぬが、どうしてもこの勿体ないという心持が何事につけてもなくては十年二十年の修行も全く無用である。陰徳をつむという処に語弊はある。が、勿体ない、有り難いという心には、誠に尊むべき宗教心の閃めきが仰がれる、禅の修行もこれを目当にしなくてはならぬ。一向宗の人は何かいうと「有り難うございます」という、口癖といえばそれまでであるが、ここに留意すべき心念がある。基教の人は謙遜という、その心持は「有り難い」と同じであろう。どの教でも究竟はここへ来ることではないかしらん。

この「有り難い」を禅堂教育の中心主義としたい。これは義務心だとか権利だとかいうのではない。只何故とも知らずに「涕涙こぼるる」である。こうなると報酬の念が出なくなる。近代文化の大禍害を癒やし得る最上の良薬はこの無報酬の念でなくてはならぬ。