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こうせんぜんじのことども

禅堂生活

鈴木 大拙

鈴木大拙『禅堂生活』。同一底本的分册已合并为一书。收入:洪川禅師のことども、釈宗演師を語る、僧堂教育論、楞迦窟老大師の一年忌に当りて、鹿山庵居。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,634 字 · 57 页

青空文庫

老師の尚お若きときには「わしは四十まで生きて居るかどうか」と云われたこともあった。血気盛んなとき、又は修行中には随分無理を通して来たのであるから、自分のからだは「ひび」だらけであるなどと云われたこともあった。体質から見れば余り強い方ではなかったと思う、それでも養生のしようでは七十位は何でもなかったろう。六十まで持てたのも精神の力であったに相違ない。

一体僧堂の修行法は余程健康なものでなくてはいけぬ。十年、十五年もあんな生活に堪えるには生れつき強く出来て居なくてはならぬ。ようように堪える位では修行が出来ても、これから衆生済度をやろうと思うとき斃れて仕舞う。勿論世間でも秀才の人が大学を出際で死ぬるのもある、或は高等学校で逝くのさえある。これは今日の学校教育が脳力を浪費させるように出来て居るからでもあろう。長生きするのが能ではなけれど、或る人々はなるべく早く死んだ方がよいと思うのもあるが、兎に角生命が永ければ永いほど修養を積むことが出来る故、人物もより完全に近づくわけである。殊に僧侶は長命して欲しい。吾々はまだ伝習的僻見に囚われて居るのかも知れぬが、年とった仙骨を帯びたような坊さんが何となく有り難い。