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がくもんのどくりつ
福沢諭吉教育論集
福沢 諭吉
福沢諭吉『福沢諭吉教育論集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:学問の独立、経世の学、また講究すべし、物理学の要用、教育の目的、中津留別の書、徳育如何、学者安心論、学校の説、慶応義塾新議、慶応義塾の記、中元祝酒の記、京都学校の記、慶応義塾学生諸氏に告ぐ、成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ、政事と教育と分離すべし、読倫理教科書、小学教育の事、文明教育論。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 97,278 字 · 197 页
ゆえに人民の貧富、生徒の才・不才に応じて、国中の学校も二種に分れざるをえず。すなわち一は普通の人民に日用の事を教うる場所にして、一は学者の種を育つる場所なり。銭あり才あるものは、もとより今の小学校にとどまるべからず。あるいは最初よりこれに入らずして、上等の学校に入るべし。すなわち地方に中学校の入用というも、このわけなり。小中大といえば、順序をへて次第に上るべきように聞れども、事実、人の貧富、才・不才にしたがって、はじめより区別するか、あるいは入学の後、自然にその区別なきを得ず。世の中の大勢これをいかんともすべからざるなり。
右の如く学校の種類を二に分けて、その上等のものには、道徳の教に四書五経を用ゆべきやというに、ここにいたっても、余輩にはまた少しく説あり。道徳の教も人の教育の一カ条にして、必ず欠くべからざるものたるは論をまたず。たとえば人の生活に塩の欠くべからざるが如し。而してその教の種類には、儒もあり、仏もあり、また神道、耶蘇もあり、たいてい同様のものならん。されども、日本には古来、儒者の道、もっとも繁昌したるゆえに、まず慣れたるものを用うるとして、かりに儒にしたがうも、今の儒者をしてそのまま得意の四書五経を講論せしめて、もって道徳の教に十分なりとはなし難し。