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わたしのかんそう

私の感想

宮本 百合子

「信濃毎日新聞」(三「代用食」)1940(昭和15)年11月18日号、「都新聞」(四「恩給と未亡人」)1935(昭和10)年5月7日号、「信濃毎日新聞」(五「女を殴る」)1940(昭和15)年11月27日号、「相模合同新聞」(七「子供と家庭」)1941(昭和16)年3月8日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,800 字 · 10 页

青空文庫

するとそれに対し某夫人が署名入りで抗議をなげた。現在の砂糖の配給量である一日あれだけの砂糖を、代用食のためにつかったからとてやりくれないわけのものではない。よしんば実際にやりくれなくても、今日の銃後精神のためにそんな苦情をいうことは間違っていると力説をしたものであった。ある評者がその夫人の文章を女でなくては書けないひどい文章であるというのをきいた。

私たち女は女でなくては書けないような非常識な文章があり得るということについてまじめに自省しなければなるまいと思う。台所のことは男に分らないといったのは昔のことで、この頃の一般家庭の良人や父親は幼児の粉ミルクのために、一束の干うどんのために、まったく実際上の骨折をしているのだし、物価の問題、炭のこと、家庭欄が社会欄となって来ているといってもあたっている有様である。その実際にこそ銃後生活の切実な苦心と堅忍とがあるのではないだろうか。

あとで何が不足しようともその精神のためにといえるのは他に不足のない生活の条件をもっている人たちが自分の精神の満足のための言葉という印象をあたえる。その満足をひとに強要し得る時代の柄のわるさとして反映する代用食のようなものは実際上のこころみなのだから、炭の不足、砂糖、メリケン粉の不足な現在を考慮してはじめて実質な意味を持つのであると思う