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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(三)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 页

青空文庫

わずかに、邑久郡の今木と、熊山の山間に、旧領の一部と、少数な部下を持っているにすぎない落魄の武士だった。

しかし、こんな微力な山間の落魄武士へも、先には勤王の士を召す密勅は早くから廻っていた。なぜなら元々彼の家は、皇室領のいわゆる“御領の武士”だったからである。――すべて彼にかぎらず、笠置挙兵のまえに発せられていた天皇の檄が行った先は、御願の社寺や、御領の武士があらましだった。

そのうえ高徳は、守護の松田父子を介して、大覚ノ宮にも拝謁した。――さらには今、後醍醐の輦輿がこの中国路の目のさきを越えて行く――。まさに千載の一遇である。高徳が、宮や松田父子の計画に、身を賭けて、

「きっと、帝を奪い返しておみせします」

と、忠誠を誓って出たのも、当然であった。

そこで万端の手筈はでき、こよい高徳の手兵を先駆に、今木から山陽道を北へすすみ、輦輿の通過する船坂峠に敵を待って、宿望をとげようとするものなのに、かんじんなその高徳が、急に、

「あぶない!」

と、観察を下して、腰を釘づけにし、容易に起ち上がろうともしないのだ。――理由をきけば、理は充分にあるが、しかし、権ノ五郎としては、いまさら思い止まる気などはみじんもない。