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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(三)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 页

青空文庫

元々、藤夜叉は当家が抱えていた田楽女だ。いわば高氏が当家から奪ったものよ。それを奪い返しても、苦情はないはずと、考えていた」

「いや、殿には、高氏が小右京を奪うなら、小右京の代りに、藤夜叉を……との烈しいお怒りであったように存じますが」

「それもあったな」

まるで他人事みたいである。ひそかな自己嫌悪が、あくまで、それに密着するのを恐れてでもいるらしかった。

「まったくは、その意趣だった。しかしな……主膳、藤夜叉も今では、ただの田楽女とはわけが違う。高氏との仲には、子さえもうけている女。そうだ、子の許へ帰してやろう」

「えっ、せっかく理不尽をしのんで、ここへ取り籠めておきましたのに、その藤夜叉を」

「そうだ、家来を付けて、三河一色村へ送り返してやれ。じつの所、女苦労など、うるさくなった。藤夜叉にもはや執心はない」

「ほう? ……では」

相手は主君である。腹を立てられぬ腹いせに、主膳はそのあきれた顔を、わざと大げさにしたものだった。

「殿には、全く藤夜叉に、ご執心はないものなので?」

「ない」

道誉は言い放ってから、

「いまは執心というほどでもない」

と、少し濁した。