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しほんたいへいき

私本太平記(三)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(三)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 222,108 字 · 446 页

青空文庫

白い衫衣に、唐団扇を持ち、からだを斜に脇息から、藤夜叉の姿を眺めていた。

「蚊が入る」

手の唐団扇のうごきは、そのためらしい。早い季節の蚊が、どうかすると、プーンとかすめる。

「藤夜叉、後ろを閉めて、こっちへ寄れ」

池の面の縁の方は、簾であった。藤夜叉はいわれるまま、通いの妻戸をしめて、恐々とすこし前へすすんだ。

「久々だな」

藤夜叉は、自分の膝の痩せを、見つめていた。口惜しさも、二重である。が、耐えることしか、ここでは胸に持てなかった。

道誉の領下、近江の田楽村にいた頃の幼いあたまに、この人を、

「ご領主様」

としていたものが、どうしても、いまだに、どこかの恐れにある。

それに、いまでも当時の一座の衆や、義父の花夜叉は、この人の扶持に養われているのである。

「非道な人、悪魔のような悪戯を好む人」と憎んでみても、それはひそかな唇を噛むのみだった。

「主膳から聞いたか」

「はい」

「悪かったの」

「…………」

「昔は昔、いまは足利殿と、子まで生しているそなたをな」

「…………」

「怒るなよ。これには、仔細もあることだった。とはいえ、ふた月の余も、そなたを押し込めおいたなどは、言語道断」