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かがくろん
科学論
戸坂 潤
「唯物論全書 第一巻」三笠書房、1935(昭和10)年10月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 142,817 字 · 278 页
専門家であればある程非常識になるということもなくはない。――で、常識は普通考えられているように、何か平均的な科学的知識などではないのである。即ち何かそれだけ不完全な至らない低度の知識のことではないのである。仮にもしそうだとすると、常識そのものの高低ということは不可能になるからだ。平均の平均とは無意味である。高い常識ということは矛盾でしかなくなるからだ。それより寧ろ常識は、与えられた諸知識の周到に統一的な、そして日常的社会生活に就いて最もアクチュアル(現実的=時事的、時局的)な、総合のことでなくてはなるまい。
それ故こういうことになる。科学が社会に於て日常的となりアクチュアルとなるためには、科学は常識化されねばならない、と。そんなことは判り切ったことで、同語反覆にすぎぬではないか、という人がいるかも知れぬ。だがそうではない。ここで常識化というのは、必ずしも科学の例の大衆化のことでもなければ啓蒙のことでもない。まして例の通俗化のことでもない。そういう連関に於ける関係はその場合に論じたのであって、今はもっと別な場面に就いて述べているのである。――科学の常識化とは、クリティシズム(批評・評論)の立場から、即ち私が想定する限りの意味に於けるジャーナリズムの立場から(ジャーナリストの最後の意味が評論家にあるということ