轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

かがくろん

科学論

戸坂 潤

「唯物論全書 第一巻」三笠書房、1935(昭和10)年10月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 142,817 字 · 278 页

青空文庫

尤も実際には、之まででも又現在でも、自然科学者自身の自意識如何に拘らず、自然科学に於ては自然弁証法が必要にされているばかりでなく、現に不完全な形で以てさえ、敢えて用いられているのであるが。

* 自然弁証法は体系を持たない、と主張する人があるかも知れぬ。だがその意味は固定した図式を持たぬということであって、展開し連関する機構を持たぬということではあり得ない。そして後のものこそ、本当のシステムの意味だ。雪達磨は固定した図式は持たぬ、であればこそ転がる過程に於て自分自身を太らせて行くシステムを持っている。科学に於ける体系はいつもこの意味のものだ。だから体系と方法とは、本質上同じだということを注目しなければならぬ。――後の参考のために。

こうした根拠に基いて初めて、吾々は自然弁証法や史的唯物論を、一般的に語る権利を受け取る。丁度吾々が、唯物弁証法を一般的に(思惟一般の弁証法として)論議する事がいつも可能であるように。――だがこのことは、もう一遍断っておきたいが、唯物弁証法一般を「具体化」(適用・応用・特殊化)すことによって自然弁証法や史的唯物論を導き出して、それから之を論議しようということではない。