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かがくろん

科学論

戸坂 潤

「唯物論全書 第一巻」三笠書房、1935(昭和10)年10月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 142,817 字 · 278 页

青空文庫

だがよく考えて見ると、知識の客観性が、客観的存在そのものとは全く独立に、悟性とか理性とかいう何か主観にぞくするもの(範疇其の他はそうだ)の観念性によってだけ成り立つということは、非常に奇妙なことでなければならぬ。こういう知識の客観性と、客観的存在そのものの客観性とが、全く無関係だということは、変なことだと云わねばなるまい。――知識の客観性をまず第一に保証し得るものは、実はカントに於ては知識構成という主観の先験的な作用の完全な圏外にぞくしていた処の、例の「物が心を触発する」結果としての感覚であったのであり、つまり所謂意識によって物そのものが模写・反映されるということそのことであったのである。処がこの模写・反映の第一段階であった感覚乃至知覚は、他方に於て実は又主観の主体的な実践的な活動の第一段階でもあったのである。かくて知識の客観性を保証し確保し検閲し得るものは、主観の観念性どころではなく、却って正にこの人間の実践だったのであり、実験や実証というものが、この実践の云わば理論的な手続きの第一段階だったのである。

それ故、知識の構成手続き、知識の客観性を保証し確保し又検閲するための知識構成の手続きは、要するに人間的実践に帰着する、ということにならざるを得ない。