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ひめられたるそうわ
秘められたる挿話
松本 泰
「苦楽」プラトン社、1926(大正15)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,690 字 · 18 页
といった。浅田は無雑作に投出した名刺を拾上げて、暫時見ていたが、気をかえて立上った時、外廻りの社員が汗を拭き拭き入ってきた。
「昨日のお話の見積書を出させるように、象牙店へいって来ました。品物はすぐ揃いそうです」
「ああ御苦労、暑くって大変だったろう」
「昨日から又めっきりお暑くなりましたな。奥様は何処かへ御避暑ですか、先刻新宿でお見掛けしましたが、急いでおりましたので御挨拶もしないで失礼いたしました。お荷物でも持って差上げればよろしかったのですが……」と弁疏らしくいった。
「荷物を持って?」
「手提鞄をお持ちでした。山はおよろしいでございましょうね」
「家内は身体が弱いからな……」と浅田は軽く応えたものの、男が引退って了った後も、鞄をもって新宿駅にいたという妻の事を、穏かならぬ気持で考えていた。今朝墓参にさえ行くのを拒んだ妻が、どうしてそんなところにいたのであろう?
「電話位掛ける筈だが……」浅田は給仕をよんで訊ねたが、自宅から何にもいって来ないというので、念の為に電話をかけて見ると、妻は不在であった。
「どうしたんだろう、真逆無断で旅行する筈はないが……」浅田はふと昨夜の妻の怪しい挙動を思い出した。