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ちちぶのおもいで

秩父のおもいで

木暮 理太郎

「霧藻」1928(昭和3)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,234 字 · 7 页

青空文庫

時鳥が鳴く、鶯が囀る、旅の興は汲めども尽くる所を知らないという有様であった。

「●御前山と三頭山(大菩薩峠附近より)」のキャプション付きの写真

●御前山と三頭山(大菩薩峠附近より)

明くる日は日本晴れの上天気で、前日の雨に少し水の増した多摩川の流れは、稍瀬の音が高い。川野の宿を立って小袖川の落口まで来ると、二人は云い合わしたようにそこに架けられた橋の欄干にもたれて、見るともなく其辺を見廻した。橋には境橋と書いてある。之を渡れば武州を離れて甲州の地に入るのだと想うと、長い道中を続けて来た旅人のような気がして、淡い旅愁というような感じに浸るのが嬉しかった。田部君も同じ様なことを思っていたらしい。橋の上手には一本の丸太の端に水舟と杵とを持った水力応用の米舂小屋があって、水舟に水が溜ると舟は下って杵が上る、とたんに水がざあとこぼれて杵が米や麦を搗く、それが長閑にぎいばたんと音を立てている。朝風に散る山吹の花が二片三片水に落ちて、白い泡と共に流れて行く。二人とも口をきかない、唯黙っていつまでもいつまでも川に見入っていた。二人の心は昨日から著しく感傷的になっていたに相違ない。