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ほどよいひと

程よい人

豊島 与志雄

「女性線」1949(昭和24)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,328 字 · 21 页

青空文庫

いつも、ありのままの素顔で押し通してるつもりだ。」

ふしぎに、いや当然かも知れないが、私の心は冷たくなっていった。そして彼女をヒステリックだとさえ感じた。彼女の頬は蒼ざめて澄んでいる。それを見ながら私は、彼女の日常の顔の変化、皮膚が美しく冴えたり醜くくすんだりする変化を、ふと思い浮べて、それは単に生理的変化にすぎないものだろうと妙なことを考えた。

「僕の顔はいつも素顔だよ。ただ、生理的変化がないだけだ。」

彼女はきっと顔を挙げた。その眼に敵意めいたものが閃めき、頬の肉が痙攣的に震えた。彼女は自分のコップにもウイスキーをつぎ、残りを私のコップにすっかり空けてしまった。

「お酒には勝手に酔って、そして女に向ってはいつも、生理的変化、生理的変化って……。」

「いや、そんな気持ちで言ったんじゃないよ。」

「よく分りました。仮面には生理的変化はございません。」

私は口を噤んだ。いきなり抱きついたり接吻したりすれば、私の粗忽な言葉も冗談になってしまうかも知れなかったが、彼女から私を押し距てるものが何かあった。それは、程好きを守るという私の主義だったであろうか。

私はウイスキーに程好く酔ったが、彼女とはもう融和の出来ない気持ちで、その室を出た。