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ちごがふち
稚子ヶ淵
小川 未明
「早稲田學報」1906(明治39)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,097 字 · 8 页
白いすき透るような雲が、ふわふわと高く飛んで池の上を渡ると影が水の上に映って、赫々と照っていた日の光りが少し蔭ると、天地が仄りと暗くなって、何処ともなく冷たい、香ばしい風が吹いて来る。何だか寂しいような、うら悲しいような気持になった。すると又不思議なことには、それはそれは……今迄聞いたことのない、美妙の音楽の音が響いて来て、初めは何でも遠くの方に聞こえたと思うと漸々近かく、しまいには何でも池の中から湧き出て来るように思われた。
而して時々は姉の声も交って、歌うている歌の声が聞こえて来るかと思うと、つい眠くなって二郎は其処の芝生に倒れたまま、好い気持でうとうとと眠ってしまった。
さだめし二郎は面白い夢を見ていたのであろう。冷たい風が顔を嘗めるように身に浸みて、ふと目を醒まして見ると驚いた。
星の光りがちらちらと見え、全く日は暮れていたのである。池の面は黒ずんで、合歓に渡る風が一きわ高く、静かな山中の夜は物凄い程に寂然としている。……耳を澄ますと虫の音が聞こえて来る。叢の中でかさかさとするのは何かの小鳥が巣を探ねているのであろう。手で地上を探って鎌や、鉈を腰に挟んで、一歩一歩池の畔に出た時に心覚えのあるだらだら坂を登って、やっと昼前に柴を刈っていた場所まで来て見たが、それから先きは一向覚えがない。