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くうしゅうそうそうきょく

空襲葬送曲

海野 十三

「朝日」1932(昭和7)年5月~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 95,012 字 · 189 页

青空文庫

このとき、中佐の両手は、ポケットのうちにあった。

彼は再び、元来た路を、とってかえすと、司令部広間の扉の前を素早く通り、それから後はドンドン駈け出して行った。

中佐の身長が、その先の階段に跳ねあがった。十段ばかり上ると、そこに巌丈な鉄扉があって、その上に赤ペンキで、重大らしい符牒が無雑作に書かれてあった。中佐はそれには眼も呉れず、扉のあちらこちらを、押えたり、グルグル指を廻したりしているうちに、サッとその重い鉄扉を開くと、ちょっと後を振返り、誰も見てないのを確めた上で、ヒラリと扉の中に姿を消してしまったのだった。

「……」

誰もいないと思った階段の下から、ヌッと坊主頭が出た。しばらくすると、全身を現した。襟章は蝦茶の、通信員である一等兵の服装だった。彼は中佐の姿の消えた扉の前に、躍り出ると、手袋をはいたまま、力を籠めて把手をひっぱってみたが、扉はゴトリとも動かなかった。

そこで彼はニヤニヤと笑うと、扉の前を淡白に離れ、廊下の上をコトコトと駈け出していった。そして何処かに、姿は見えなくなった。

丁度そのころ、大東京ははしかにでも罹ったように、あちらでも、こちらでも、騒然としていた。