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くうしゅうそうそうきょく

空襲葬送曲

海野 十三

「朝日」1932(昭和7)年5月~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 95,012 字 · 189 页

青空文庫

「いえ、いえ、お父さん」弦三は、首を振った。

「僕は、もっと早く作って、届けたかったのです。だが、お金もなかったし、僕の腕も進んでいなかった……」

長造は、弦三のことを、色気づいた道楽者と罵ったことを思い出して、暗闇の中に、冷汗をかいた。

「それが、今夜になって、やっと出来上ったのです」弦三は嬉しそうに呟いた。「僕は、東京市民の防毒設備に、サッパリ安心が出来ないのです。行かせて下さい。いつも僕のこと想っていてくれる兄さんに、一刻も早く、この手製のマスクを、あげたいんです」

感激の嗚咽が、静かに時間の軸の上を走っていった。

「よォし。行って来い」長造がキッパリ云った。「いや、兄さん達のために、行ってやれ。だが、気をつけてナ……」

あとには言葉が無かったのだった。

「じゃ、行ってまいります」

これが、弦三と一家との永遠の別れとなったことは、後になって、思い合わされることだった。

「弦――」

母親のお妻が、我児を呼んだときには、弦三の姿は、戸外の闇の中に消えていた。

非常管制の警報は、いつしか熄んでいた。

外は咫尺を弁じないほど闇黒だった。

弦三は、背中に、兄に贈るべきマスクを入れた包みを、斜に背負い、自分のマスクは、腰に吊し、歩きづらい道を、どうかして早くすすみたいと気を焦った。