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くうしゅうそうそうきょく

空襲葬送曲

海野 十三

「朝日」1932(昭和7)年5月~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 95,012 字 · 189 页

青空文庫

肝心の××町というのが、サッパリ聞きとれなかった。

広瀬中佐の銅像の向うあたりに、うち固って狂奔する一団の群衆があった。

「やッ、ホスゲンの臭いだ!」

弦三は、腰をさぐって、彼の手製になる防毒マスクを外した。そのうちにも、ホスゲン瓦斯特有の堆肥小屋のような悪臭が、だんだんと、著明になってきた。彼は、防毒マスクをスッポリ被ると、すこしでも兄達の住んでいる方へ近づこうと、風下である危険を侵し、避難の市民群とは反対に、神保町から、九段を目がけて、駈け出していった。

だが、神保町を、駈けぬけきらぬうちに、弦三は運わるく、近所に落ちた爆弾の破片を左脚にうけて、どうとアスファルトの路面に倒れてしまった。

「なに糞、こんなところで、死んでなるものか!」

彼は歯を喰いしばった。

路面に転っていると、群衆に踏みつぶされる虞れがあるので彼は痛手を堪えて、じりじりと、商家の軒下へ、虫のように匍っていった。

右手を伸ばして、傷口のあたりをさぐってみると、幸いに、脚の形はあったが、まるで糊壺の中に足を突込んだように、そのあたり一面がヌルヌルだった。湧き出した血の赤いのが、この暗さで見えないのが、せめてもの幸いだったと、弦三は思った。