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どうてい

童貞

夢野 久作

「新青年 第11巻第10号」1930(昭和5)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,572 字 · 27 页

青空文庫

……自分は要するに無用の存在であった。……自分は死んでも本当の音楽はこうして永遠に、地上に繰り返されて行くのだ。……ありがたいありがたい……なつかしいなつかしい……嬉しい……楽しい……」……そのような気持ちが彼の胸に一パイになって、生温い泪が自ずと瞼にあふれて来た。……赤い日ざしが……青空が……白い雲が……煉瓦がユラユラとゆらめいて、次から次へと左右の眥へ流れ出して行った。

彼は感傷の余り、疲れた視線を赤い日ざしから離した。するとそれと同時に、タッタ今の感激のうちにスッカリ空っぽになった彼の頭が、彼自身のものではないかのように力なく、ゴロリと草の株から転がり落ちた。

泪に霞んだ彼の視線の片隅に、小さな人影が入って来たのはその瞬間であった。

それは眼の前に重なり合った草の茎の隙間から見るテニスコートの白い一直線の上を、ソロソロと後しざりして来る薄茶色のセイラアパンツであった。そのうしろ姿は、彼の眼前の草の茎に比較すると、まるで一粒の豆人形であったが、その豆人形は、手に写真機か何かを抱えてるらしく、二、三本並んだポプラの樹を正面にして、茶縞の鳥打帽を傾けながら、用心深く草原へ退り込んで来るうちに、次第次第にその形を大きくした。