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どうてい

童貞

夢野 久作

「新青年 第11巻第10号」1930(昭和5)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,572 字 · 27 页

青空文庫

そうして彼の鼻の先に横たわっている煉瓦とコンクリートの堆積の陰まで来ると急に身を伏せ四ツン這いになった。鳥打帽の庇を上げて、ロイド式の色眼鏡を取り外して、手に持ったカメラと一緒に上衣のポケットに押し込むと、草の中からソーッと頭を上げて空地の周囲を見まわした。人のいない窓の一つ一つを、念入りに眺めまわしながら、なおも奥深く身を隠すように這い退って、彼の足の先に茂り合ったアカネ草の中に入ろうとしたが、その拍子に、編上靴の先で彼の足首を蹴りつけるとギクリとして振り返った。

「アッ……」

と小さな叫び声をあげてセイラアパンツは駈け出そうとした……が、草の陰から覗いている彼の静かな眼つきをふり返ると、またも、彼と向き合ったまま、ベタリと草の中に坐ってしまった。血の気を喪った頬を両手でヒッと押えて、下腮をワナワナと震わした。同時に阿弥陀にした鳥打帽がパサリと背後に辷り落ちてシングルカットの頭が露われた。

それは最前の洋装の女に相違なかった。もっとも最前のように若くは見えなかったが……眼の大きい……唇の小さい……二重腮の……耳輪の痕のある……成熟し切った女に見えたが……しかし、その全身には肉感的な何物をも発見する事が出来なかった。