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きょうそう

競漕

久米 正雄

「新思潮」1916(大正5)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,312 字 · 34 页

青空文庫

けれども士気の沮喪を慮って彼はあらぬ嘘を言ったのであった。

午ごろになると先生や応援の人たちがちらほらやって来た。選手は昼寝をするはずであったが、それらの人々を対手に快活に話を続けた。しかし競漕のことについてはみずからを誇りはしなかった。「今年の選手は不思議に自分で勝つ勝つと言わないね。いつかの選手はもう大丈夫だなんて言っておいて敗けたっけが、今年のような選手がかえって勝つもんだ」なぞと応援に来た先生が賞めたつもりで言ったりした。

しかし選手の心持には今となっては実際勝敗なぞは念頭になかった。それよりも強い要求がおのおのの心にあった。それは一時も早くどちらにか定まってしまう時が来て、堪えがたい緊張感から逃れたいという望みであった。真に勝負なぞはどうでもいい、ただ感情の弛緩、これが各人の切に欲するところであった。

午後になると晴れたままに風が吹いて来て応援船の旗をはたはたと鳴らした。コースにはかなり荒い波が立った。

しかしいよいよ文農の競漕が初まろうというころになったら、珍らしい夕凪が来た。

選手は皆、長命寺の中の桜餅屋の座敷で、樺色のユニフォームを着た。