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わらうおしおんな

笑う唖女

夢野 久作

「文芸」1935(昭和10)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,719 字 · 31 页

青空文庫

それから何もかもモト通りに直して、薬戸棚の硝子戸をピッタリと閉じた。

その時に彼の背後の、開放しにして来た廊下の暗闇で微かな、深い溜息が聞こえたように思ったので、彼はハッとばかり固くなった。慌ててカプセルを右手に握り込んだまま、指先走りに廊下に出てみたが、しかしそこには何の人影も無く、真暗な中廊下の向うの、閉め忘れて来た渡殿の入口の片側に、白桃の花が白々と月あかりに見えたので、今度は彼自身が思わず、深いタメ息をさせられた。

彼は彼自身を勇気付けるかのようにタッタ一人で微笑した。悠々と薬局に帰って、小型のビーカーを取上ると常水を六分目程満たした。塩酸モルヒネ入りのカプセルと一所に左手に持って、薬局用のスリッパを爪探った。薬局の横の扉の掛金を外して、勝手口の外側に出た。

軒下の暗がり伝いに足音を窃み窃み、台所の角に取付けた新しいコールタ塗の雨樋をめぐって、裏手の風呂場と、納屋の物置の廂合いの下に来た。

そこでは西へ傾いた月が、かなり深い暗がりを作って、直ぐ横手の白光りする土蔵の壁を、真四角に区切っていた。

彼は絶対に音を立てないように……まだ痲酔しているであろう唖女の眼を醒まさないように、用心しいしい納屋の扉の掛金を外した。