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そろばんがこいをかたるはなし

算盤が恋を語る話

江戸川 乱歩

「写真報知」報知新聞社、1925(大正14)年3月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,096 字 · 16 页

青空文庫

○○造船株式会社会計係のTは今日はどうしたものか、いつになく早くから事務所へやって来ました。そして、会計部の事務室へ入ると、外とうと帽子をかたえの壁にかけながら、如何にも落ちつかぬ様子で、キョロキョロと室の中を見まわすのでした。

出勤時間の九時に大分間がありますので、そこにはまだたれも来ていません。沢山並んだ安物のデスクに白くほこりのつもったのが、まぶしい朝の日光に照し出されているばかりです。

Tはたれもいないのを確めると、自分の席へはつかないで、隣の、彼の助手を勤めている若い女事務員のS子のデスクの前に、そっと腰をかけました。そして何かこう盗みでもする時の様な恰好で、そこの本立ての中に沢山の帳簿と一緒に立ててあった一挺の算盤を取出すと、デスクの端において、如何にもなれた手つきでその玉をパチパチはじきました。

「十二億四千五百三十二万二千二百二十二円七十二銭なりか。フフ」

彼はそこにおかれた非常に大きな金額を読み上げて、妙な笑い方をしました。そして、その算盤をそのままS子のデスクのなるべく目につき易い場所へおいて、自分の席に帰ると、なにげなくその日の仕事に取かかるのでした。