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はこねのやま
箱根の山
田中 英光
「文藝春秋 別冊2」1946(昭和21)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,963 字 · 33 页
その恰好を見ていると、もう微笑が浮んでくる程のたわいなさで、私はそれを眺めていた。笹を掴んで二足、三足、登る。するともう赤土が落ちて来て子供の靴を埋め、子供は土と共に下に落ちる。私はまたそれを頬笑んで眺めている。どうせ登れないのは分っている。しかし何遍それを繰返すだろうか。汝、七日を七度くり返せよ。二度、三度、子供はますます猪背になり、かじかんで赤く腫れた掌をフウフウ吹きながら、竹の根を掴んで、よちよちと登っては滑り落ちる。靴も泥塗れになり、手も汚ごれた。しかし子供は自分でいよいよ登れないと見極めがつくまでは登るのを止めないし、私もそれを黙然と眺めていた。四、五回、繰返し、一郎は矢張り諦めた。どうしてこれが登れないのであろうと怪訝な顔で眺めている。その時、私は初めて、あらん限りの声を張り上げて一喝した。
「バカッ、山に登れッ。登らんのかッ」その剣幕にも子供は平気な顔で不思議そうに親父を振り返り、「だって登れないんだもの」、「バカッ、お前はさっき山に登りたいと言ったろう。さア登れッ。さあ登れッ」、「だって登れないんだもの」ポケットに手を突っ込み、山を見上げながら、子供の返事はいつまでも同じだ。