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はんちゅうとしてのくうかんについて
範疇としての空間に就いて
戸坂 潤
――之は一つの習作である――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,453 字 · 89 页
それは外から云わば形式的に与えられた方法である。之に対して物理的空間は内から云わば実質的に見出された方法である。実質的であればこそその方法が更に又対象となることも出来たのである。かくて物理的空間は物理学乃至普通云われる処の厳正科学の内部から萌え出た方法でなければならない*。
* 曾て私は非常に不充分ではあったが、この点に就いて多少内容に立ち入って述べた(『哲学研究』一〇七「物理的空間の実現」参照)。尚この点及び次の点に就いては『哲学研究』一〇六「物理的空間の成立まで」参照。
処で問題は物理的空間がこのような意味に於て方法であるという事情をば、吾々は何と解釈すべきであるか、に来る。併し凡そ方法というものはそれがどういう種類のものであるにしても、対象に対して偶然でない限り、常に対象の制約でなければならない。それ故今もし物理的空間が物理学的世界形象の成り立つ制約でないとするならばそれが物理学の認識の方法となる理由はない筈である。であるからして物理的空間は物理的世界形象の制約でなければならない。かくて物理的空間にあっても亦空間は「制約」としての性質を直接に指摘されているのである。