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はんちゅうとしてのくうかんについて
範疇としての空間に就いて
戸坂 潤
――之は一つの習作である――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,453 字 · 89 页
私が主観に対して客観と呼ぶものは後者を含むもののことである。処がまた云うであろう。その実在界と雖もカントに従えばまた主観の構成の外ではない、例えば一つの原因甲に一つの結果乙が従うという実在内容を認識するものは、即ちそれを構成するものは、主観そのものである、従って例えば因果の範疇は主観にぞくすと共に従って又客観にぞくすこととならざるを得ないではないか、と。併しそう云うならば、私は第三に実在ということと、客観ということとの区別を明らかにしなければならない。後の原因甲が結果乙を伴うということを此の一定の瞬間この一定の場処の一つの実在内容であるとする。そうすれば同じ瞬間同じ場処で原因丙が結果丁を伴うということは実在内容となることは出来ない。然るにそれにも関らずこれは向の場合と同じく客観にぞくすであろう。因果関係は主観に於て行なわれるのではない。又更に此の瞬間此の場処に於て向の二つの因果関係の何れもが又如何なる因果関係もが行なわれなかったにしても、又更に一般に如何なる範疇の働きの当体も現われる余地がなかったとしても、何ものかが(それは実在内容ではあり得ない)なお客観にぞくさねばならぬ。