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せいしんびょうおぼえがき

精神病覚え書

坂口 安吾

「文藝春秋 第二七巻第六号」1949(昭和24)年6月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,027 字 · 18 页

青空文庫

服装から判断して、農家の主婦であったかも知れない。彼女は膝と足を紐と手拭様のもので二ヶ所縛られ、その夫と思われる者、又、も一人の肉親の一人と思われる青年の二人に抱かれて外来室へ運びこまれてきた。

彼女は幻視を見ているのである。右に天皇が見え、左に観音が見え、彼女はたゞ拝みつゞけているだけで、医者の問いに返答せず、返答するのは夫と思われる男であり、その度に、彼女は怒って、夫を手で振りはらうようにした。

こういう患者は僕の応接間へ現れたことはないが、世間にはかなり多いに相違なく、こういう患者をめぐって、ある種の宗教が発生しているに相違ない。それらの教祖は別として、その信徒は何者なのだろう。何者でもなく、人間なのだろうか。いったい、精神病者とは、何者であるか。

僕のいた東大神経科は、重症者を置かない。置く設備がないからである。廊下の出入口の一ヶ所に鍵がかかるだけで、個々の病室には鍵がかかっていない。窓に鉄の格子がはまって、脱出は不可能であるが、窓は普通の洋室の位置にあり、兇暴な患者は他の室へ乱入することもできるし、窓ガラスを割ることもできる。

僕のいた部屋は、A級戦犯のO氏が発病直後送られた部屋で、発病直後は兇暴でこのガラス部屋は不向きであったから、松沢へ送られたそうである。