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せいしんびょうおぼえがき

精神病覚え書

坂口 安吾

「文藝春秋 第二七巻第六号」1949(昭和24)年6月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,027 字 · 18 页

青空文庫

今は割り部屋がなくなったし、割り部屋があったら、いつ洋服など身ぐるみ盗んでドロンされるか見当もつかず、それだけ世間が平和じゃないんだ、と石川淳が、彼らしい述懐によって世相をガイタンしていたのを妙にハッキリ記憶している。

ところが東大の神経科へ乗りつけたら、妙な偶然で、まだ退院には間があると思われていた患者が退院し、僕は一人だけの部屋へ入院することができた。衰えはてた僕は、その時ひどく安心したが、治療が終って、健康をとり戻して後は、むしろ五人の合部屋へ入院しなかったことを残念だと思った。僕は彼らの生態をこまかく観察する条件を失ってしまったのである。

然し、廊下や洗面所や便所で、狂躁にみちており、無礼であり、センスを失い、ガサツな人々はむしろ概ね附き添いたちであり、患者は静かで、慎んでいるのが普通であった。

僕の入院が知れ渡ると、新聞記者が写真班同伴で十何組も乗りつけて、千谷さんは、撃退するに手こずられた由であった。すると、僕が麻薬中毒だという説がとび、警視庁の三人の麻薬係が現れ、千谷さんはカルテを見せて説得するのに二時間もかかったとこぼしておられた。