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むらさきのびん

紫の壜

豊島 与志雄

「明日」1948(昭和23)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,802 字 · 24 页

青空文庫

検察当局は私を、殺人罪もしくは自殺幇助罪に問おうとしている。私は自白を強いられている。だが、身に覚えないことを告白するのは、嘘をつくことだ。この期に及んで嘘をつきたくはない。軍隊生活では平然と嘘をつくことを教えられてきた。それを清算したい意味もあるのだ。私は真実だけを語りたい。

それにしても、当事者の私にとって明瞭な真実は、如何に僅かな些細なものであることか。それが私の悲しい不幸だ。しかもその僅少な真実の中に、なんとも恥しくて言いにくい事柄が含まっている。その事柄を中心に局面が転回したとも見える。どうしてあのようなばかなことを私はしたのだろう。

私はすっかり打ち拉がれていた。そして悲愴なものが胸に溢れていた。

「北海道へはいつ発つの。知らしてね。上野駅まで送っていくわ。」

皮肉かとも思える調子で弓子は言った。――私が待ち望んでた言葉とはまるで反対だ。行っちゃいや、ねえ、行っちゃいやよ、そんな言葉を私は空想していたのだ。

だが、その後で、これはまたなんとしたことだろう、弓子は私の肩を抱き寄せ、そして私に長い接吻を許した。いや、許したのじゃない、彼女の方から私にしたのだ。