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むらさきしきぶのびてきじょうちょとじょうどきょう

紫式部の美的情緒と浄土教

岡本 かの子

「むらさき」1935(昭和10)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 882 字 · 2 页

青空文庫

憧憬こそロマンチシズムの流れの源泉である。式部が描破した人事風物上に何程かずつ此の理想美の光影を反映せしめなかったものがあるか。又浄土教は現実を剰すところなく点検してみせる。三部経中、五つの痛、五つの焼などという人間苦の適確なる描写を見よ。式部が此の教義に直接に照らされ現実と理想に距離を感ずれば感ずる程人生の複雑矛盾を発見したことであったろう。嘆きの深さは此岸と彼岸との距離の幅より来る。美しさは理想を望んだ恍惚より来る。此の高揚した観点より現実を臨み、常套から放たれたる眼によって世俗の世界を望む。これこそ気品のあるリアリズムである。夢にあらず、うつつにあらず、式部の妙なる筆の冴えは、現実と超現実とを架け渡すタイムの虹の橋のプロムナードから来る。式部に於ける浄土思想の影響は、天国と地獄とにあれほど人生の実感をうずめたダンテに於ける中世紀の神学にも比すべきものと思う。