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ぜったいむじゅんてきじこどういつ

絶対矛盾的自己同一

西田 幾多郎

「思想 第202号」1939(昭和14)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 50,000 字 · 99 页

青空文庫

かかる行為的直観を離れた時、我々の働きは単に機械的か合目的的たるかに過ぎない。当為といっても行為的実現を離れては唯形式的たるに過ぎない。

我々の種的生命というものも、無限なる弁証法的発展の結果として出来たものであるが、我々が単に因襲的に種的に働くということは、自己の機械化であり、同時に種の死である。我々は時々刻々に創造的でなければならない。私の行為的直観というのは、全体が受働的に一時に現前するなどいう如きことではない。それでは自己というものがなくなることである、自己が単なる一般となることである。これに反し我々が何処までも個物的として、絶対矛盾的自己同一的に、我々の自己に臨む世界に対することである、創造的となることである。私は個物はいつも絶対矛盾的自己同一即ち自己の生死を問うものに対するというが、生死ということが個物の個物たる所以でなければならない。個物は生死するものでなければならない、然らざれば個物ではない。そして生物的生命といえども、個物の生死ということがなければならない。死ということは絶対の無に入ることであり、生れるということは絶対の無から出て来ることである。