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ぜつえんたい
絶縁体
豊島 与志雄
「世界」1952(昭和27)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,752 字 · 38 页
或る日、市木さんが写生してるところへ私は行き会った。神社の境内をぬける道のほとりで、そこに大きな枯木があって、上方の枝は切り取られてる幹に、ところどころ、太い瘤々が盛り上っていた。その樹幹を、市木さんは例のスケッチブックに、鉛筆で写し取っていた。
私はそこへ行って、横から覗いてみた。市木さんは振り向きもせず、一心に描いていた。私が見てもどうも上手な絵とは思えなかった。やがて市木さんは、ちょっと小首を傾げて、それから私の方を向いた。
「あの幹は、いくら書いても倦きませんよ。」
そして画帖をめくって見せた。瘤々の盛り上ってる樹幹が、幾つも写生してあった。それをぱらぱらめくって見せただけで、私の意見は求めず、すぐに竹籠へつっ込んでしまった。
しぜんに、二人は並んで歩きだした。私は家へ帰るところだったし、市木さんもそうだったらしい。
「油や水彩など、そういう絵もお書きになりますか。」
「いや、そういうものは書きません。墨絵もわたしは書きません。」
市木さんに言わすれば、色彩とか濃淡とかを用いることは、自然を画家自身のものとすることになるのだった。いくら自然自体を取扱おうとしても、色彩や濃淡によって必ず画家自身のものとなる。