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ぬいこ
縫子
宮本 百合子
「新潮」1926(大正15)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,962 字 · 20 页
山科さんというのは秋田の大金持で、東京に別宅があり、そこの借家に、縫子の親、杉村勘次郎一家が住んでいた。家賃三十四円の借家人と家主以上の関係が、母親なみが頼まれる縫物をなかだちとして生じた。山科さんの娘の名は桃代と云った。五つ六つの太ったいい着物を着た子であった時分、桃代という名はどんなにか可愛らしい少女にふさわしいものであった。今でも着物は道楽で、それ故なみが時々徹夜さえさせられるのだが、あまり愛らしい女ではなくなって来た。桃代は二十五で、桃ちゃんと呼ばれ、家にいた。女中や下男などに気に喰わないことがあると寒中でも水をぶっかけた。秋田ではそれでも働く人に事は欠かなかったろうが、東京では山科の家の門だけ明いている訳ではない、と皆逃げ去る。困ると、縫子を迎えに来た。下の働きをさせるより、桃代の相手役に頼まれるのであった。年の大して違わない――縫子は二十三であったから――話対手の他人が入ると、桃代は水をかぶせるほどの癇癪は一遍も何故か起さなかった。おそろしく――一緒に並んで歩くのが極りわるいほど盛装して妻三郎の活動を見に行く位のものであった。
そういうのこそヒステリーらしいヒステリーだ。