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しゅちんのズボン
繻珍のズボン
宮本 百合子
「政界往来」1940(昭和15)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,932 字 · 8 页
父かたの祖母も母かたの祖母も八十を越えるまで存命だったので、どちらも私の思い出のなかにくっきりとした声や姿や心持ちを刻みのこしているが、祖父となると両方とも大変早く没している。
父かたの祖父は私が生れた時分、もう半身の自由がきかなくなっていて、床の上に坐ったまま初孫である赤坊の私を抱いて、おなごの子でも可愛いものだなあ、と云ったそうだ。二つ三つの時分、そうやってだかれていて、小さい孫はおしっこがしたくてべそをかき出した。その顔つきでびっくりしたお祖父さんは、耳が遠いものだから孫が泣くにつれて赤く塗ったブリキの太鼓を叩き立てる。孫はいやが上にも泣きしきって、とうとうお祖父さんの膝は洪水になってしまった。それで初めておー、お運、お運とあわてたお祖父さんが祖母を呼びたてたというような話もきいている。
そんな話は、顔をまるで覚えていないこの祖父の写真をも懐しさで眺めさせるのである。
母かたの祖父は、性質もその生涯も父かたの祖父とは全くちがった。御一新、明治という濤は、二人の祖父の運命をもきつく搏ったのであるが、そのうけかたが、東北の官吏生活をしていた父かたの祖父と、佐倉藩で江戸暮しをつづけていた母かたの祖父とでは大変に異っている。