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うつくしいむら

美しい村

堀 辰雄

序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,946 字 · 84 页

青空文庫

そこら中に、人々の立去った跡にいつまでも漂っている一種のにおいのようなもの、――ことにその年の夏が一きわ花やかで美しかっただけ、それだけその季節の過ぎてからの何とも言えぬ佗びしさのようなものが、いわば凋落の感じのようなものが、僕自身が病後だったせいか、一層ひしひしと感じられてならなかったのですが、(――もっとも西洋人はまだかなり残っていたようです。ごく稀にそんな山径で行き逢いますと、なんだか病み上がりの僕の方を胡散くさそうに見て通り過ぎましたが、それは僕に人なつかしい思いをさせるよりも、かえってへんな佗びしさをつのらせました……)――そんな侘びしさがこの六月の高原にはまるで無いことが何よりも僕は好きです。どんな人気のない山径を歩いていても、一草一木ことごとく生き生きとして、もうすっかり夏の用意ができ、その季節の来るのを待っているばかりだと言った感じがみなぎっています。山鶯だの、閑古鳥だのの元気よく囀ることといったら! すこし僕は考えごとがあるんだから黙っていてくれないかなあ、と癇癪を起したくなる位です。

西洋人はもうぽつぽつと来ているようですが、まだ別荘などは大概閉されています。