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うつくしきつきよ
美しき月夜
宮本 百合子
「中央公論」1919(大正8)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,063 字 · 18 页
単調になりがちな愛の経過に、さっと差した輝きのような新鮮さが、彼等のうちに夢をかきたてた。彼等がまだ結婚しなかった時分に、よく老人達の傍を逃げるように抜け出しては、感傷的な夜景の中を彷徨(ほうこう)したその時分のような忘我と魂の鼓動が、まるで月光のように二つの心を耀かせているのである。
W・タンナーは米国の中部に在る大都会から、三四哩(マイル)隔った小邑の会社員であった。毎朝八時になると、彼は木造の住宅から四五丁離れた、或る電気会社の事務所に出かけて行く。そして昼に一時間休暇を貰って、家へ昼食をしに戻って来るときを除いては、朝から夕方まで、古ぼけたオークの事務机(デスク)の前に背を屈めて、無感興な数字の整理に忙殺されているのである。
まだ三十になるかならないの彼は、ようよう家族を支えて行くだけの俸給ほか貰っていなかった。従って、二人の子供達と老母とを抱いて、彼等の生活は、どこの隅にも余裕というべきものを見出すことはできない。白襯衣(ホワイトシャーツ)一枚になったWが、西日の差しこむ温室のような事務室で、よき良人らしく、忠実な父親らしく額に汗している間に、妻のマーガレットは、また彼に劣らぬ真剣さで何くれとなく家事のために奔走する。