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うつくしきつきよ

美しき月夜

宮本 百合子

「中央公論」1919(大正8)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,063 字 · 18 页

青空文庫

よい! 生活は、よい!」

彼は急に何か熱い塊りが喉元に突掛って来るのを感じた。幸福な戦慄が彼の体を貫いて走った。

「マージー……」

彼は、しっとりと湿って柔かいマーガレットの裸形(むきだし)の手を取りながら、微かな香りのある腕を、じっと自分の岩畳な腕の下に締めつけた。

長い林檎林を抜けると、道は急に開いて、二人の前には寝静まって森閑とした大通りが黒く現われた。そこを横切る踏切りを抜けて一二丁行ったところに、彼等の安眠の巣が大きな樺の樹に覆われて建っているのである。村に育って村に住む彼等は、何度この道を歩いたろう、過去幾年か通り過ぎ踏み馴れた、その道を今彼は、輝きに騎るような心持で履(ふ)み越えようとしているのである。

眠った家々の屋根や、動かない樹々の重い梢々が、高い透明な大空の穹窿(きゅうりゅう)の下に、見えない刻々を彫みながら、少しばかりずつ、地殻の彼方へずり落ちて行くような感じを与えた。樹蔭の闇から月光を反射する窓硝子や扁平な亜鉛屋根の斜面が不思議に悒鬱(ゆううつ)な銀色で、あたりの闇を一層際立たせ、同じような薄ら寒い脊骨を刺すような光線は土に四本並んで這う鋼鉄の線路からも反射しているのである。