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にくたい

肉体

豊島 与志雄

「文芸」1935(昭和10)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,219 字 · 26 页

青空文庫

「例えば……かりに、君が一寸彼女に云い寄ったとしても、屹度、ええいいわ……と云うにちがいない……。」

小野君は呆気にとられて、それから、次には嫌悪の表情を浮べました。

「ばか……そんな……。」

全く、そんなことでは、実はなかったのです。もう別れようか、と私が云うとしたら、ええいいわ、と彼女は答えるでしょうし、一緒に死のうか、と私が云うとしたら、ええいいわ、と彼女は答えるでしょうし、而も、理由もきかず、涙も流さないでしょう……そうして彼女に対して、私は嫉妬に似た苛立ちを覚えていたのです。たとえ子供を抱かしたところで、彼女にはしっくりした母性なんか出てこないでしょう……。

私の説明をきくと、小野君は、怒った眼付で私を見据えました。

「そんなら、君達はどういう気持で生きているんだ。芸者をやめさして、家を一軒もたして、子供まで拵えて、そしてそんな……まるで……。」

そうです、まるで動物みたいです。愛とか……生活とか……そんなことは考えもしませんでした。非難は私に向けられるのが当然かも知れません。けれど、私は彼女を愛してはいました。彼女の出産前後も、殆んど貞節を守り、いつまでも、彼女に倦きるということはなさそうでした。